人財マネジメントの原点

 「企業は人なり」、「人のパフォーマンスが企業パフォーマンスを向上させる」はよく耳にする言葉である。私の人財マネジメントの原点は、神戸のタクシー運転手さんである。
 当時私は、SAPという会社で人事モジュールの責任者という立場であった。大切なお客様の一つに川崎重工業様があり、よく神戸に出張していた。神戸で乗ったタクシーの運転手がなにやら無線(携帯電話ではなく)で会話している。私に一言ことわったうえで、どうも仲間とやり取りしている。「今日は出とうか?ああ、ほんなら良かった。」休んだ仲間を気遣っている模様。運転手仲間のグループがあり、どうもリーダー格のようだ。グループ内でルールをつくり、モチベーションマネジメントをしているとのこと。
 仲間に声をかけあうだけでなく、情報交換をマメにするという。渋滞情報、客待ちタクシー行列の効率的スポット、人の流れなど、生きた情報とはまさにこのことである。最新テクノロジーのカーナビでも人の流れやタクシーの待ち効率は出てこない。
 だんだん運転手のおじさんは自慢モードになってきたが、今度は千円札の束を見せられた。皆さんはタクシーに乗って、一万円札を出して嫌がられた経験はないだろうか。酷い運転手だと、客に両替させようとする。その運転手と仲間は、毎日十万円分を千円札に両替しておくという。特に朝一番はお釣りがないことが多いので、スムースに釣り銭を渡し、客を不愉快にしないように心がけていると言う。
 さらに驚いたのは、降車するときに渡されたお釣り袋である。乗った距離はワンメーターであったのだが、ワンメーター分の千円からのお釣りが小さな透明のビニール袋に入っていた。これも数十個用意しておくらしい。間違わないし、車を止めてからの無駄が少なくスマートである。小銭を探している運転手にイライラさせられることも無く、僅かであろうが事故に会うリスクも少ないに違いない。

 ちなみに、この運転手の売上げは平均社員の2倍、仲間グループの売上げも通常の1.4倍あるという。個人タクシーではなく、法人タクシー会社に勤める運転手さんであったが、人によって企業業績が異なってくることを実感させられた。
 皆さんも経験がおありだと思うが、下手な運転手や新人ほど時間はかかるしメーターは上がる。おまけに危険である。いつもなぜ運転技能や経験に区分された料金体系にならないのかと思う。ハイヤーにベテラン運転手が割り当てられるのは一理ある。

 ビジネスモデルや景気、企業業績を左右するものは数多くあると思うが、最後は人。当時、人事モジュールの責任者といっても、なかなか人財育成の効果や、社員のパフォーマンスがどのように企業業績に影響するかを証明することは難しかったので、肌で感じた「優れた運転手のパフォーマンス事例」は、私の人財マネジメントの原点となった。